第87回「電車の中ですごすごと」(02.03.16)

電車のなかでは基本的に不快な思いをすることが多い。基本パターンとしてはウォークマン、香水といったところだろうか。私としては「降りないぞ光線」を発して乗り降りの流れを阻害する人物や、「このつり革は俺のものだ光線」を発して人の顔の前に脇を突き出す人物にも高得点を与えたい。

と、今回はそういう不幸な出会いではなく、興味深い会話を聞くことができた。非常に貴重な体験である。

残念なことに、会話は日本語と英語のちゃんぽんであったので、そのふたりの会話の全てを理解することはできなかった。今まさに日本語を勉強しているらしいリアン(仮)と、綺麗な日本語を話すカリン(仮)だ。もしかするとカリンも日本語ネイティブではなかったのかもしれない。

カリンは言う。
「日本語の勉強中って、『を』が省略できないのよ」
「?」 「『提出する』『挨拶する』じゃなくて、『提出をする』『挨拶をする』になるのよ」
「Hu....m.ワタシには『挨拶する』という言い方が正しくないように聞こえます」
「そうねえ。でもね。一回気づいちゃうと、もう『を』が気になってしょうがないのよ」

おお、確かにリアン発音は「私」じゃなくて「ワタシ」だ、なんて思いつつ「名詞をサ変動詞化するのはたしかに大変だよなあ……」と思う。実際「する」以外のサ変動詞は必須ではないだろう。みんな「〜をする」で解決するのではないのだろうか。「投票をする」「記帳をする」「講演をする」……

考えにふけっていると、リアンが言う。
「電車に乗り過ごすって、どららですか。電車に乗れなかったのか、乗ったままなのか」
「そうねえ……『寝坊して電車に乗り過ごした』って言えば乗っていないし、『乗り過ごして次の駅まで行ってしまった』っいえば乗ったったままだし……どっちでも良いんじゃないかなあ……」とカリン(仮名)。
「寝過ごすっていう場合は寝坊することですよね」
「うん……乗ったまま次の駅に行く場合は『乗り越す』って言うわね。『乗り越し精算』っていうじゃない」
「乗り越し精算、知ってます。この前やりました」

残念ながら彼らの会話はこのまま流れてしまった。だが、この問題は非常に興味深い。もう少し考察してみよう。

基本は広辞苑だ。携帯しているのは電子ブック版なので、第4版である。

み‐すご・す【見過す】他五
(1)見て知っていながら、そのままにする。看過する。「―・すことのできない悪習」
(2)見ていながら気づかないでいる。見おとす。「うっかり―・す」・

やり‐すご・す【遣り過す】他五
(1)うしろから来たものを前へ行き過ぎさせる。「隊列を―・す」
(2)限度を超えてする。

ね‐すご・す【寝過す】自五
起きるはずの時間をすぎても目がさめず、定刻に間に合わなくなる。

のり‐すご・す【乗り過す】他五
汽車または電車などで降りる予定の駅より先まで行ってしまう。のりこす。

すご・す【過ごす】他五
(1)-(4)は省略。
(5)(動詞の連用形について) …するままにしておく。

なるほど。辞書的な正解ははっきりした。「〜すごす」という場合は、「〜」に対応する動作をしている。これが基本だ。それでも、「朝寝坊して、電車に乗り過ごした」は既に市民権を獲得しているような気がする。

本題からははずれるが、やりすごしの壺@風来のシレンのような、「(目の前にある困難となる対象を)そっと過ぎ去るまで待つ」という意味が「やりすごす」にのっていないのは意外だった。

そんなことを考えていたら、電車を乗り過ごしていた。


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