第56回「昼下がりのケーキ屋で」(00.08.20)

うんと……唐突なのはどんな語り口でも同じなんだけどサ、いま喫茶店にいるんだよね、ああ、喫茶店ってよりケーキ屋さんだな……基本的にはケーキを売ってるんだけど、横に一応テーブルがあって、その場でケーキを食べたりコーヒーを飲んだりしてもいいってな店でね、ここのケーキがさ、すんごくおいしいのよ、どれくらい美味しいかって言うとサ、この2か月で30個くらい食べてるくらい美味しいんだ……これが……

まァ、お店の人はどう思ってるのか知らないけど、立派な常連だと思うよ。はっきり言って。まあでも、男で常連、っていうのもこういう店にとっては嬉しくないんじゃないかな……まあ、直接いやな顔されなきゃ通うけど……

れ……オバサンが二人入ってきた……禁煙っていわれて顔をしかめてる……僕にとっては禁煙の喫茶店、ってのはパラダイスみたいな奇跡なんだけど、その奇跡を恨む人はおおいな……結局ケーキを食べるみたいなんだけど、執拗に「甘くないの」って言うの……だったらケーキなんか食うなよ……ここのケーキならどれ食ってもべたべたしてまずいケーキなんかないんだから……そんなに嫌いなら、適当にきめちまえばいいのに…………あァ、なんで僕、オバサンにこんなに敵意があるんだろ……いきなり言葉がきたなくなるし……相手にしなきゃいいのに……ああでも、さっきの4人連れのほうがやっぱり好感がもてるなァ……けっこうやかましくあれこれ吟味してるんだけどサ、なんていうのかな、美味しいものを目の前にしたヨロコビ、っていうのを感じたんだよね……やっぱり自分が心底美味しい、って思ってる物を美味しそうにみてくれるのは、相手が誰でも嬉しいよね……恋人が美味しく食べてくれる、てなことじゃなくても……ああ……なに言ってるんだ僕……

るん(はあと)、グリオットがきた……グリオット、なんて名前ここで初めて知ったんだけどサ、ココナッツのムースにチェリーがはいってて、それがタルトに乗ってるの。ココナッツ、って聞いただけで、うえっ、てなべたべたしたイメージはやっぱり僕にもあったんだけどさ、そんなことなかったんだよね、ホントに……

前から思ってたんだけど、甘いってのがけなし言葉になったのはいつからなのかな……そりゃあまあ、べたべたした後味の悪い甘さってのがイヤ、ってのは分かるんだけど……

のっけから……って、ちょっと語感が違う……最初に驚いたのはガトーフロマージュって、まあ、チーズケーキなんだけどサ……次元がちがう、って味で、ふわあってとける、とか……ああ、表現ができないんだけどサ、思わず声を出しそうになったんだよな……いままでそんなことしたことないし、結局しなかったんだけど、店員に美味しかった、って言いたくなるくらい……シェフが出てきて、『お味はいかが?』なんてやられても納得するくらい……実際、満面の笑みを浮かべて絶賛できるくらい……

ああ……やっぱり美味しい……(はあと)

カラン、と扉のベルがなって若い女の人の二人連れがくる……ああ、今日すでに2組目だ……また禁煙に文句言われてる……お店を禁煙にするっていうのは勇気がいるよなァ……しかも今度は帰っちゃったよ……素直に帰っただけラッキーなのかもしれないけどサ……でも、捨てぜりふはやだったな……禁煙……もう来れない……かァ……………………あ……僕は誰かって……こういう一人称って、今読むと斬新かもしれないね……でもさ、僕が子供の頃って、「まずは一人称からやりましょう」なんてこと平気で書いてたんだよ、『小説の書き方』なんて本にさ。まぁそれは、ミステリィ、みたいな方向に特殊なジャンルじゃなくってさ、少女小説、なんて方向に異常なジャンルの作家たちの発言だっんだけどサ……あれ? 僕、なに言ってるんだろ……あの、独特の恋する乙女の一人ごと、という一人称は、どう見てもおもちゃのリアリティで……ああ、ちがういみですんごく面白かッたんだけど……ねえ……

ちょっと、話がそれてる……僕が誰か……君もしつこいね……まあいいや、はっきりさせようか。「いまは教えたげません」……ああ……こういうふうにやッちゃうから友達がいないって言われるんだ……まあ別に友達なんていらないんだけど……そういうと強がってる、っていうようなヒトタチがいてさ……いいけど……でもサ、別にこの文を読むだけだったらサ、ここまでの情報で充分だと思うんだけどな……男で一人でケーキを食う、こんな文章を書く人間……でいいよネ……

やっぱり、何で僕なんかがみんなに文章を書いてるのかッていうのが、一番の謎なんだけど……ああ……やっぱり時分でも消化しきれてないからなんだろうな……三年前にサ、ちょっとまあ、人を、殺しちゃって……その話をしたいからなんだけど、まあ、いろいろあって……人を殺したことは、まあ、事故だったから……いい……よくないか……んだけど……いろいろ……もう書いたか……とにかく大変だッたから……まあ、こんなことをケーキ食いながら書いている客ってのはやっぱりヤダなあ……それが僕なんだけど……

んでまあ、この文章が何かって言うと、橋本治の文章ってこんなんだったかな…と考えつつかいてみた文章だって言うんだから…………あァ……記憶力がないって言うのかナ…………よけいな解説するんじゃなかった……まあ、ひとつだけ……僕が殺したのはだれか……わかるのかな……まあ……いいか……

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