八月の朝 (02.05.12) 94

わたしが不倫をすることになるとは思っていなかった。

突然あなたに誘われ、魅入られるように出かけてしまった夏の朝。

「愛人でいいの」そうは思っていなかったけれど、そう口にしてしまったわたし。あなたは優しく笑ってくれた。海岸のドライブ。サーフィンをしているあなた。砂浜での食事。九十九里の浜。

写真を撮りたかったけれど、ついにカメラを持っていくことはできなかった。

生ビール買い求めいる君の手をふと見るそしてつくづくと見る

しばらくしてあなたは。指輪をはずしてくれなくなった。最近、あなたの手には、いつも指輪があって。指輪が目に映るたびに、ちょっと寂しい。

中ジョッキ2杯を目の前にして。「君の瞳に、乾杯」とさりげなく言うあなた。そういう台詞をさらっと口にできるあなた。そんな気障なことばが、なんだかとてもあなたには似つかわしくて、なんだかわたしはとても寂しい。

心の中で、そっと「結婚」なるあり得ない言葉をもてあそぶ。一生つきあっていくとは自分でも思えない。それでも、あなたとすこしでもいっしょにいたい。頭の中で100人の少女が逡巡しているような、そんな気持ちだ。

同じもの見つめていしに吾と君の何かが終わってゆく昼下がり

別れ話を切り出した。あなたは予想していたかのように動じない。「俺は別にいいよ」と、優しくいう。そう。あなたはいつだって優しい。自分が傷つかないことを知っているから。穏やかな表情で、煙草に火をつける。

吸い殻のたまっていく灰皿を見つめる。煙草が燃え尽きていくとともにもう終わりなんだな、としずかに思う。

涙は流れなかった。

四国路の旅の終わりの松山の夜の「梅錦」ひやでください

絵に描いたような傷心旅行。出かける前は自分でもどうかと思ったけれど、ひとり旅は意外に楽しかった。寂しいのは確かだけれど、一人旅には爽快感があった。宿の人も、思っていたよりずっと親切だった。北ではなく、西の方に向かったのが良かったのかもしれない。

お酒をひやで飲みながら、ふっと息をつく。

ひとりも、悪くない。

補記

歌は「サラダ記念日」「風のてのひら」から引用させていただいた。俵万智は抜群に酒の扱いが上手い。酒自体を歌うのも上手いが、なにより道具として使うのが抜群に上手い。

参考URL
俵万智のチョコレートBOX
俵万智の百人一酒


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