第69回「ある占い師の想い」(01.05.24)

自分が一番歪んでいる確信ともに、
他人の思いを抱えて水晶玉をのぞきつづけていた。
ライトのマジックであることを知り尽くしているのに
そこには何かが見えていた。
私の歪みを映し出していたのか、
他心の心情を映し出していたのか。
──のぞき続けるしか──ないのだが──

中年のおばさんが訪れた。手につけた装飾品から考えて、
かなり裕福なおばさんだ。彼女が訴えるのは、不安。
「このままでいいのだろうか」
たぶん、このままでいい。このままでしかいられないのだから。
私が水晶をのぞくしかないように。
水晶を見つめる目にも、おびえの光がうかんだ。
──本当に、怖いんだ──
水晶をのぞくのも、少し、怖い。



水晶を磨くのは毎日の日課だ。指紋などは間違ってもつけないが、
それでも輝きは失われる。使い捨ての手袋をつけ、
化学繊維のクロスでさっとなでる。前はキツネの皮を使っていたのだが、
やはり工業製品には勝てない。

綺麗に磨いて、真上から白色光。横から黄色光。
蛍光灯を落とす。

瞬間、空気が変わる。──OK。

小学生が3人。気合いの入る集団だ。
彼女たちにとっては大金で、とてもとても占いに期待している。
でも、彼女たちは雰囲気の作り方を知らない。

いかに雰囲気をこちらのものに持ち込むか。

映画館で、座席の証明がおち、カタカタカタ…とフィルムが回る音がする。
そんな空気を、照明だけで作り出す。
いまの映画館にそういう空気があるかどうか別にて

静まりかえる少女たち。視線が水晶玉に吸い込まれる。

こうなってしまえば、彼女たちの力の方が強いくらいだ。

一番多くのぞくのは──恋。
水晶のゆらめきには恋がふさわしい。

愛のようにあたたかいものではなく。
恋のようにはかなくゆらめくもの。

そのゆらめきが同調するとき、
占っている自分もだまされる。
まるで恋におぼれる女のように。

水晶玉が割れた。

子供みたいなことばづかいで書けば
「割った」なのか「割っちゃった」なのか。

私がのぞき続けてきた水晶玉は、
今日、割れた。きれいに、粉々に。丁寧に、砕かれた。

商売道具としては消耗品にすぎない。
傷が付いてはライトが歪む。2年も持つものではない。

が、この水晶はもうなにも映し出さない。
のぞいてもなにもみえない。
のぞいてきた光景を記してきたこの記述も、もう進むことはない。

いずれ、はかなく消えることだろう。


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