第60回「秋の夜長に」(00.10.23)

秋の夜は長い。虫の声に混じってさりげなく何気なく足音が聞こえてくる。疾走イし始めた意識は止められない。 言葉にまで幻想が入り込んでくルる。酒でも飲まなければやってられないカ。柿の種「ふらちなキムチ味」をつまみに
ビールを流し込む。今日まとめた同類項の白焼きデータではさすがにつまみにならない。

寒くなってきたから猫が…スリスリとよってくる。黒猫が来るんですよ、この部屋。足のテッペンから頭の先まで真っ黒で、タマって呼んでいるんだけど、タマっているだけで狂おしいほどにかわいい。抱きかかえて、のどをごろごろさせる。耳をもてあそんで逃げられる。世間では耳をフィーチャーする動きがあるらしいが、猫耳OK? いったいどういう意味なんだろう…耳なんて触っても嬉しくないのに。タマもいやがるし。肉球OK? それもぴんとこないなあ。まだ幹事長も感じちゃうくらいのぷにぷに感が想像できるだけましかな…これでも、馬鹿は馬鹿なりに考えたんです! で、猫耳って何がいいのかな…

そんなことを考えていたら、頭の中でダメ歌が…

全然無知無知かたつむり、おまえの頭は
人身事故人身事故!
踏切故障警笛故障!
言語道断道路横断!
正面衝突車掌故障!
はっぴいへ〜ぶんぱ〜ら〜だ〜い〜す〜

…ああ、なんでMOTOR MANにつながるんだ…ヨーデルで落ちるんだ……とても人には言えない…

酔いが回って頭がくるくる回るような気がしてきた頃、彼女がやってきた。季節はずれの水色のワンピース。丑三つ時にひとの研究室に来る格好ではない。彼女も研究者で、お互いもう何日も家に帰っていなかった。 

別に実験をするわけではないから研究室にいる必要はないのに。僕は数学屋で、彼女は物理屋だ。まあ、いい加減に言うと、第二種永久機関の否定を補強するための理論をかんがえているらしい、ってわかんないね。僕のやってることはもっとよくわかんないです。4色問題とフーリエが合体したみたいなことです。どっちにしても、ヒラマヤのエベレストをつくってるみたいなものかな…やたら(理想が)高い上に間違ってる、ってこと。

「何しに来た?」
「決まっているだろう。君を笑いに来た。相変わらず酔っぱらってるんだろう? 」
そう言いながら、彼女は頬を赤らめた。予想外にも程がある。感情のノーガード戦法とでも言うのだろうか。彼女の表情と発言をまともにとらえていては、切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ 。彼女は堪忍の袋をいつも首にかけていて、いつでも割る用意をしているかのようだ。針に向かってつきだしているかのようでもある。

「ビールなんてよく飲むわねえ。苦いでしょうに」
「コーラを飲んでげっぷを我慢する方がつらい。だから君は子供なんだ」
「子供じゃないわよ」
「コーヒーよりコーヒー牛乳のほうが好きなくせに」
「あたしそんなこといった? いつ何時何分何秒地球が何回まわった日? 」

ああ、ロミオみたいに大人ぶって…DOしてあなたはROMIOなNO?って感じである。…自分でも何いってるんだかわかんなくなってきた。酔っぱらいにとっては、実はこれが快感である。 そんなこととはつゆ知らず彼女はむきになっている。

テレビは「戦艦ポチョムキン」が終わって、「神様どうして愛に国境があるのですか」なんてノリのドラマをやっている。「秋が来れば思い出すはるかな…」なんてどこかで聞いたような歌詞をラップに乗せた主題歌のやつだ。この手のドラマは寄せては返すように同じテーマが3年周期でやってくる。いや、見るんですけど。もう15年も。「秋といえばナースステーションの季節だな」、とかチェックまでしながら。いや、深夜の再放送だとそうなんですよ。

気づくと、ドラマのセリフをまねしてつぶやいていた。

「夜は序の口さ」
「ねえ、もっと言って」 

はっとして彼女のほうを振り返ったが、それだけはどうしても言えなかった。酔いがさめた気分で黙って帰ろうとしたが、いくら探してもコートが見つからなかった。 

ふと、視線が合う。秋の夜はまだ長い。

後のことはここで語るべきことではない。いやしくも自分には自分なりの理由があったなら他人の記憶まで責任は持てない。俺は俺で俺がある。彼女は彼女で彼女の想いがある。

夜はまだ続く。


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※意図はもちろんアレですが、一部表記をいじっております。